誰でも認知症など御免蒙りたい。脳の細胞がおかしくなるらしい。赤ちゃんの頭は、一年で倍になるらしいが、膨大なエネルギーを、おっぱいからもらい、成長する。赤ちゃんの
頭の中は、ケトン体とかいうエネルギーが一杯あって、大人の体のエネルギーは、ブドウ糖中心で、日々の活動を支えているとか。伝聞ばかりで申しわけないが、医者でもない身
古希過ぎてのにわか勉強だから、受け売り仕事にならざるを得ない。
元気で死にたいとと、常づね言っており、できれば自分で歩いてお棺に入り、お念仏する中で、往生したいというのが夢である。そんなにうまくは行かないよというのが、大方の
お声ではある。自分でもそう思う。そんなにうまくは行かないよ。
お念仏する中で、もちろんお檀家の面々に囲まれて、ふと、声がとぎれる。傍でひかえた
ドクターが、脈を取る。「ご臨終です」一斉に、お檀家のお念仏が始まる。ご来迎である。心からそうありたいと念じている。
読売新聞(しかない)の医療ルネッサンスの記事。2019.2(No.6983)。長谷川和夫さんは、認知症の第一人者だったかただそうで、その方ご本人が認知症になられた。本
を出版された。「だいじょうぶだよーぼくのおばあちゃんー」
新聞を引用します
認知症で家族のことがわからなくなったおばあちゃんが、家族5人そろった食事の席で「
みなさんはどなたですか?」と困った顔で言う。孫の少年が笑顔で答えた。「みーんなおばあちゃんことを よーくしっているから だいじょうぶだよ。しんぱいないよ、おばあちゃん!」
100歳まで望まなくても、生かされる時代になった。死ねない時代になった。体は100年もっても、頭の方はそうは行かない。結果として、人間では死ねず、認知症の諸症状で家族に迷惑をかけ、挙げ句、嫁と姑の殺人事件などを聞く。元々仲が悪ければ、最後は
地獄へ行きつく。地獄へ行かないためには、人間でいるうちに往生したい。切なる願いである。
ではどうするか。大往生したければ、医者には近づかず、癌とわかれば、なにもせず、薬は飲まず、可能な限り体重を減らし、なんでも良く噛み丈夫な体、腹八分目医者知らず、
何事も過ぎたるはなお及ばざるが如しの三訓を遵守しながら、規則正しい、感謝に満ちた
余生を送るしか方法はない。
天皇陛下と阿弥陀様に感謝しながら、なんとかあと残された命をお念仏で昇華しよう。
2019年2月23日土曜日
2019年2月21日木曜日
結構気分がいい
結構気分がいい。コーヒーも進む。今朝から何杯だろう。よし!ガッツ!となると一杯のコーヒーが欲しくなる。少し、カフェイン依存かもしれない。まあいいや。
気分がいいその一
知り合いの車に載せてもらった。独逸製の多目的なんとかというヤツで、大きい。助手席
に乗ったら、ボンネットの上に、スピードメーター+時計のきれいな、透明のアクリル板
に、数字が反射して、白いスピードメーター、緑の時計、赤いアイコンで、とても美しい。ひと目ぼれした。
動画サイトで、まず検索し、大方検討つけて、通販サイトへという手順を踏んだとか。なるほど、それはいい。UとAだな。キーワードは何だろう。言葉さえわかれば、目的物へは
一直線で行ける。
見つけた。HUD。ヘッドアップデスプレイというらしい。現物を見ているのだから、探すのは簡単。GPSでスピードメーター動かすらしいから、少し高いが、GPS仕様だな。それにしても独逸製の多目的に乗るやつは、2〜3千円程度と言っていたが、桁が違う。大雑把なものだ、数字には。2〜3千円と12Kは、違うぜよ。
待つこと何時間?発注の翌日午後には商品到着。セット。細かしいことはともかく、車が
動いて、スピードメーターが動けば、80%OK。翌日時刻は電波時計で、何もしなくても
ジャストミート。めでたしめでたし。倅の誕生日のプレゼントこれにしよう。値段も手頃
お買い得ですよ。
も一つご機嫌のわけ。グーグルでドメインを買った。1年 ¥1,400¥ですよ。しかも漢字
のドメイン。南無阿弥陀仏.com 漢字とローマ字混じりのドメインです。いいじゃないか。
メールアドレスは一つ600円。うーん。プロヴァイダーは食っていけなくなるだろう。
ドメイン作って、中身を入れて、とにかく情報発信の手立てだけは、して置きます。
基本的な、WEB作りのスキルなど持ち合わせようがなく、見よう見まね、猿真似で、なんとか、英語の訳のわからないサイトで、悪戦苦闘の末、とにかくドメインとメールアドレスをゲットした。
リダイレクトだの、すでに確保してある jodosyu.jpというドメインとの整合性をとるためには、また南無阿弥陀佛 .comの中身を作るのは、プロの手を借りなければ、ミバのいいサイトは難しい。難しいが、なにも芸術作品でなくていい。サイトをどれだけ安価に維持管理できるか、伝えたい情報をミニマムに絞って、発信し続けよう。根気よく牛のように。
気分がいいその一
知り合いの車に載せてもらった。独逸製の多目的なんとかというヤツで、大きい。助手席
に乗ったら、ボンネットの上に、スピードメーター+時計のきれいな、透明のアクリル板
に、数字が反射して、白いスピードメーター、緑の時計、赤いアイコンで、とても美しい。ひと目ぼれした。
動画サイトで、まず検索し、大方検討つけて、通販サイトへという手順を踏んだとか。なるほど、それはいい。UとAだな。キーワードは何だろう。言葉さえわかれば、目的物へは
一直線で行ける。
見つけた。HUD。ヘッドアップデスプレイというらしい。現物を見ているのだから、探すのは簡単。GPSでスピードメーター動かすらしいから、少し高いが、GPS仕様だな。それにしても独逸製の多目的に乗るやつは、2〜3千円程度と言っていたが、桁が違う。大雑把なものだ、数字には。2〜3千円と12Kは、違うぜよ。
待つこと何時間?発注の翌日午後には商品到着。セット。細かしいことはともかく、車が
動いて、スピードメーターが動けば、80%OK。翌日時刻は電波時計で、何もしなくても
ジャストミート。めでたしめでたし。倅の誕生日のプレゼントこれにしよう。値段も手頃
お買い得ですよ。
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ドメイン作って、中身を入れて、とにかく情報発信の手立てだけは、して置きます。
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リダイレクトだの、すでに確保してある jodosyu.jpというドメインとの整合性をとるためには、また南無阿弥陀佛 .comの中身を作るのは、プロの手を借りなければ、ミバのいいサイトは難しい。難しいが、なにも芸術作品でなくていい。サイトをどれだけ安価に維持管理できるか、伝えたい情報をミニマムに絞って、発信し続けよう。根気よく牛のように。
進むしかないよねえ
あ!これほしい、と思うものも少なくなった。懐具合と相談しながら、かみさんの顔色伺いながら、デジタルおもちゃ、もう止めた、といいながら、なんとかの法則で、この手の
おもちゃの価格が、一年で三割位値下がりするのは目に見えているから、もう少し価格が
こなれてから買おう、と、つい貧乏暮らしの長さがくせに出る。
いつから、こんなに、値段のことが気になるようになったかと思い返すと、やっぱり親元
離れて独立採算でやらざるを得ず、あしたの昼飯代を気にしながら、あるいは、空腹を我慢して、昼飯代をためて、あこがれの、神田のニコライ堂近くの、地下の洋食屋で、グラタン定食は、学食の昼飯の4日分だったが、近所のサラリーマンに混じって、パンとグラタンとコーヒーで、小さな満足をゲットしていた頃かろから数えれば半世紀はくだらない
貧乏暮らしだ。
新潟に勤めていたころは、品物の、とにかく安いものをさがして、古物商や、質流れ、廃屋のゴミ、閉店事務所などから、使えそうなものを漁るのが仕事の一部だった。今なら、
パソコンに座って、キーボード叩けば、それこそ欲しいものはなんでも、手に入る。価格
だって、ピンからきりまで、お好み次第。いい時代になったものである。
そのタイトながまぐちを開かせる、商品開発者の努力たるや、多分涙ぐましい努力をお続けなのだろうし、いくら自分でこれは素晴らしい商品になるぞと、インスピレーションを
感じたとしても、うまく時流に乗らなければ、消費者のニーズに合わなければ、あえなく
ダウンせざるを得ない。
ぼろぼろになったIBMを立て直した人が誰かは知らないが、多分汎用コンピューターで一度世界制覇した、至福は、企業として忘れることができず、世界一博士の多かった開発室
が、エンドユーザーのニーズを理解できるはずがない。顧客は問題解決が欲しいのであって、性能の良いコンピューターが欲しいのではないということに気がついた人がいたらしい 。パソコンはレノボに売って、まだIBMは、潰れていない。
グーグルが、新しいノートパソコンを出したらしい。アメリカではアマゾンでそこそこの
価格が人気になっているとのこと。日本での販売は、遅れるだろうが、待つ。レノボとグーグルの共演など面白いではありませんか。
最近ドコモで出した、グーグルのスマホは、えらく強気で、高値設定だけれど、廉価版も
期待できそうでなによりだろう。クロームのブラウザーで出た時、ネットはグーグルに制覇されるだろうという予感は、いまのところ当たりつつ有る。
おもちゃの価格が、一年で三割位値下がりするのは目に見えているから、もう少し価格が
こなれてから買おう、と、つい貧乏暮らしの長さがくせに出る。
いつから、こんなに、値段のことが気になるようになったかと思い返すと、やっぱり親元
離れて独立採算でやらざるを得ず、あしたの昼飯代を気にしながら、あるいは、空腹を我慢して、昼飯代をためて、あこがれの、神田のニコライ堂近くの、地下の洋食屋で、グラタン定食は、学食の昼飯の4日分だったが、近所のサラリーマンに混じって、パンとグラタンとコーヒーで、小さな満足をゲットしていた頃かろから数えれば半世紀はくだらない
貧乏暮らしだ。
新潟に勤めていたころは、品物の、とにかく安いものをさがして、古物商や、質流れ、廃屋のゴミ、閉店事務所などから、使えそうなものを漁るのが仕事の一部だった。今なら、
パソコンに座って、キーボード叩けば、それこそ欲しいものはなんでも、手に入る。価格
だって、ピンからきりまで、お好み次第。いい時代になったものである。
そのタイトながまぐちを開かせる、商品開発者の努力たるや、多分涙ぐましい努力をお続けなのだろうし、いくら自分でこれは素晴らしい商品になるぞと、インスピレーションを
感じたとしても、うまく時流に乗らなければ、消費者のニーズに合わなければ、あえなく
ダウンせざるを得ない。
ぼろぼろになったIBMを立て直した人が誰かは知らないが、多分汎用コンピューターで一度世界制覇した、至福は、企業として忘れることができず、世界一博士の多かった開発室
が、エンドユーザーのニーズを理解できるはずがない。顧客は問題解決が欲しいのであって、性能の良いコンピューターが欲しいのではないということに気がついた人がいたらしい 。パソコンはレノボに売って、まだIBMは、潰れていない。
グーグルが、新しいノートパソコンを出したらしい。アメリカではアマゾンでそこそこの
価格が人気になっているとのこと。日本での販売は、遅れるだろうが、待つ。レノボとグーグルの共演など面白いではありませんか。
最近ドコモで出した、グーグルのスマホは、えらく強気で、高値設定だけれど、廉価版も
期待できそうでなによりだろう。クロームのブラウザーで出た時、ネットはグーグルに制覇されるだろうという予感は、いまのところ当たりつつ有る。
2019年2月20日水曜日
続けなければ意味ないよねえ
情報発信のむずかしさ
最後の投稿が2015年とわかると、さて今までなにをしていたのだろかと考えてしまう。情報は発信し続けなければ、他から情報はいただけないとわかっていても、さりとて
SNSで、いいね!いいね!というのも、なにか、大人げない。
発信すべき情報がなければ、当然ブログを書くこともできないだろうが、まあ、大上段
に振りかぶらず、男もすなるにきというものをおなごもしてみんとてするなり、位の軽い
ノリで、やってみようではありませんか。
今日は、新聞ネタです。読売新聞平成31年2月20日新潟版。医療ルネッサンスという連続シリーズものをやっています。ときどき、どきどきするような記事が出ます。20
日の記事は、認知症のお婆ちゃんが、5人で食事する時に、全員の顔がわからず、そういう趣旨の発言をした時の、お孫さんの、言葉に感動しました。
「おばあちゃんが、誰も知らない人でも、みんなお婆ちゃんをよく知っているから安心していいよ!」これは泣けます。こういう教育をこれからは、みんなでして行かなくては
なりません。教育するのは、認知症未満の高齢者、教育されるのは、高齢者の子供たち。
孫たちではありません。
高齢者 「私も、00歳。いつ認知症になるかわからない。私がお前たちの顔が分からなくなって、どちら様ですかと尋ねるようになったら、心配しなくていいよ。私たち(高齢者の子供たち)が、よくお婆ちゃんを知っているから、心配しないでね。やさしく、言い聞かせて、ほしい。そうすれば、認知症対非認知症という先鋭化しそうな、人間関係も
すこしは和らぐであろう。」
高齢者の子供 「確かに、あなたどなたですかと、我が母親に言われれば、ショックだろうが、病気というものは、そういうものだということを理解するのが、前提で、子供の顔が分からなくなるのなんかは、いいほうで、いろいろな症状があると聞いている。認知症の親に、真の意味で愛情を抱けるかどうかは、人間としての力量を問われているようなもの。親あってこの我ありと、ここは一番ふんばるか!」
高齢者の子供(親)「子どもたち、いつかお父さんもおばあちゃんのように、なるかもしれない。長生きすれば、どうしてもそうなる。だから、お父さんが、お前たちに、どなた様ですかと言ったら、自分たちがよくお父さん(そのころにはおじいちゃんになって
いてほしいが、つまりお前たちが成長して、結婚して家庭を作って、こどもがいて)を知っているから心配しないでいいよ。と言ってほしいのだ。
2015年5月17日日曜日
インドへの道 3
インドへの道(つづき2)
ホテルの本屋に『神の詩「バガヴァッド・ギータ」の真意』という副題のついた、日本語の本を売っていた。フロントの女の子がそれはフリーですというから、只で貰えると思ったら、バスに乗り込む私に、本屋の親父と思しき人物が、その本は俺の本だという。棚に返そうとしたら、安い安いというから、訊いたら600ルピー。確かにこの内容で、日本では恐らく手に入らないだろう代物である。これを日本語に訳した先人に脱帽する。こういうお土産はうれしい。何者にも代えがたい。買わせていただいた。荷物は増やさない方針も時には例外がある。小物入れの小さなバッグ一つで、8日間旅行するには、それなりの工夫が必要になる。物を持たないで旅行するには、覚悟いる。その覚悟は、死を迎えるときの覚悟と同質のものではないだろうか。
歳のせいだ。帰ってきて足が張る、つる。疲労回復のマッサージ。体重は考えたよりも減っていない。旅の間殆ど食べていないのに。あと二日もすれば元に戻るだろう。自宅の本棚に、読みもしないで買い込んでおいた、タゴールのギタンジャリが目に入った。タゴールか。次にインドへいくとしたら、コルカタのタゴール記念館を訪ねたい。パイの人生も読まなければ。多分、決心だけで、いつものように、終わってしまうのだろうが、英語の新しい辞書を買い込んで、少し英語にでも挑戦しようか。あの仔犬の供養のためにも。
インドから帰ってすぐ、ベンガルの虎が絶滅したという、テレビの番組をやっていた。
インドでは虎は色々な意味で特別の存在だったらしい。虎の骨が薬になる。タイガーバームという軟膏もどこかの国にある。ベンガルに虎がいなくなった。インドの他の地域から
雌雄つがいで連れてきて、折角2頭が仲良くなりかけたら、オスが、虎と同居している公園内の居住者に毒殺された。人間と虎との生死を賭けた戦いが続く。益々パイの人生の意味が重くなる。これを縁というのだろう。
宗教と詩は宇宙を創造する。ヒンドウ的な宇宙の中で、インド8億の人々は幸福だ。
24/1/2015
数日して、OFF HOUSE で虎のぬいぐるみを売っていた。首の念珠をかけて。私が連れて帰らずに、だれが買ってくれようか。今、彼 リチャード・パーカーは、嬉しそうに、オランウータンのぬいぐるみと戯れている。勿論、リチャード・パーカーは、パイの人生
に出てくる、虎の名前である。手の先からしっぽの先まで1メートル85センチ。こういうものを買い込んで来るあなたは、やはり頭がおかしいのだと、かみさんに宣言された。
ホテルの本屋に『神の詩「バガヴァッド・ギータ」の真意』という副題のついた、日本語の本を売っていた。フロントの女の子がそれはフリーですというから、只で貰えると思ったら、バスに乗り込む私に、本屋の親父と思しき人物が、その本は俺の本だという。棚に返そうとしたら、安い安いというから、訊いたら600ルピー。確かにこの内容で、日本では恐らく手に入らないだろう代物である。これを日本語に訳した先人に脱帽する。こういうお土産はうれしい。何者にも代えがたい。買わせていただいた。荷物は増やさない方針も時には例外がある。小物入れの小さなバッグ一つで、8日間旅行するには、それなりの工夫が必要になる。物を持たないで旅行するには、覚悟いる。その覚悟は、死を迎えるときの覚悟と同質のものではないだろうか。
歳のせいだ。帰ってきて足が張る、つる。疲労回復のマッサージ。体重は考えたよりも減っていない。旅の間殆ど食べていないのに。あと二日もすれば元に戻るだろう。自宅の本棚に、読みもしないで買い込んでおいた、タゴールのギタンジャリが目に入った。タゴールか。次にインドへいくとしたら、コルカタのタゴール記念館を訪ねたい。パイの人生も読まなければ。多分、決心だけで、いつものように、終わってしまうのだろうが、英語の新しい辞書を買い込んで、少し英語にでも挑戦しようか。あの仔犬の供養のためにも。
インドから帰ってすぐ、ベンガルの虎が絶滅したという、テレビの番組をやっていた。
インドでは虎は色々な意味で特別の存在だったらしい。虎の骨が薬になる。タイガーバームという軟膏もどこかの国にある。ベンガルに虎がいなくなった。インドの他の地域から
雌雄つがいで連れてきて、折角2頭が仲良くなりかけたら、オスが、虎と同居している公園内の居住者に毒殺された。人間と虎との生死を賭けた戦いが続く。益々パイの人生の意味が重くなる。これを縁というのだろう。
宗教と詩は宇宙を創造する。ヒンドウ的な宇宙の中で、インド8億の人々は幸福だ。
24/1/2015
数日して、OFF HOUSE で虎のぬいぐるみを売っていた。首の念珠をかけて。私が連れて帰らずに、だれが買ってくれようか。今、彼 リチャード・パーカーは、嬉しそうに、オランウータンのぬいぐるみと戯れている。勿論、リチャード・パーカーは、パイの人生
に出てくる、虎の名前である。手の先からしっぽの先まで1メートル85センチ。こういうものを買い込んで来るあなたは、やはり頭がおかしいのだと、かみさんに宣言された。
インドへの道 2
インドへの道(つづき1)
それでも、南伝仏教では今だに、仏教の携わる人々が、パーリー語を読み書きできることの意味は大きい。比較して、チベットから中国へ、さらに朝鮮半島から日本へ伝播した、我が大乗仏教のなんと大らかことか。ほとんど原始仏教の面影を留めない。
輪廻転生から解脱したい欲求の大きさが、岩を削り、塔を積ませたのか。生老病死を苦とし、永遠の命を求めて、国家プロジェクトとしての仏教政策を推進したのか。古代の王様の心は計り知れない。
仔犬が死んでいた。カジュラホでは、ホテルの湯が出ない。11月のインドで、湯を期待するほうが無理である。夏の暑さの中で丁度よいボイラーが、気温の下がる季節に、日本人が期待する温湯まで水温を上げる能力を、ホテルのボイラーは持ちあわせていないだろう。旅の中で、満足な湯がでたのは、真新しいホテル一つだけだった。ここでは手と足と顔と尻が洗える水で我慢するとしよう。
明きらめる 風呂みつけたり カジュラホで
仔犬が死んでいた。朝は凉しい。エントリーサークルの周囲の木に、ゴレイシャ鳥の声が喧しい。朝のミーテングか。姿はみえない。数百羽はいるのではないか。何か会話をしている。道に出て、右に行く。いつも右に行く。仔犬が道の真ん中で死んでいた。交通事故だろう。側道へ移す。自然に涙がでる。動物同士が食うか食われるかの戦いの中で死んでいくのは止むを得ない。自然の摂理なのだろうから。自動車に轢かれて死んだのでは、それこそ、犬死にだ。枯れ葉をかけて弔う。少し離れた道の半ばで、母親らしい犬が、私の子供に触らないでと、私を微かに威嚇する。この仔がしんだのは、お前さんの責任なのに。仔犬が甘えて乳を欲しがらないことが、不思議なのだろうか。
それでも、南伝仏教では今だに、仏教の携わる人々が、パーリー語を読み書きできることの意味は大きい。比較して、チベットから中国へ、さらに朝鮮半島から日本へ伝播した、我が大乗仏教のなんと大らかことか。ほとんど原始仏教の面影を留めない。
輪廻転生から解脱したい欲求の大きさが、岩を削り、塔を積ませたのか。生老病死を苦とし、永遠の命を求めて、国家プロジェクトとしての仏教政策を推進したのか。古代の王様の心は計り知れない。
仔犬が死んでいた。カジュラホでは、ホテルの湯が出ない。11月のインドで、湯を期待するほうが無理である。夏の暑さの中で丁度よいボイラーが、気温の下がる季節に、日本人が期待する温湯まで水温を上げる能力を、ホテルのボイラーは持ちあわせていないだろう。旅の中で、満足な湯がでたのは、真新しいホテル一つだけだった。ここでは手と足と顔と尻が洗える水で我慢するとしよう。
明きらめる 風呂みつけたり カジュラホで
仔犬が死んでいた。朝は凉しい。エントリーサークルの周囲の木に、ゴレイシャ鳥の声が喧しい。朝のミーテングか。姿はみえない。数百羽はいるのではないか。何か会話をしている。道に出て、右に行く。いつも右に行く。仔犬が道の真ん中で死んでいた。交通事故だろう。側道へ移す。自然に涙がでる。動物同士が食うか食われるかの戦いの中で死んでいくのは止むを得ない。自然の摂理なのだろうから。自動車に轢かれて死んだのでは、それこそ、犬死にだ。枯れ葉をかけて弔う。少し離れた道の半ばで、母親らしい犬が、私の子供に触らないでと、私を微かに威嚇する。この仔がしんだのは、お前さんの責任なのに。仔犬が甘えて乳を欲しがらないことが、不思議なのだろうか。
2015年5月16日土曜日
インドへの道 1
インドへの道
二度目のインドへの道。旅行業者からの案内に反応して、元気な内にもう一度インドへ行って見たいと思った。あの喧騒と混沌が懐かしい。どんな旅が待つのだろうか。
往きの飛行機は楽しかった、二つの意味で。ひとつは座った席の回りが空いていた。ふたつは途中から、前の席に座っていたインドの妙齢のご婦人が、私の席(一番窓側)一つ
間をおいた隣の席に座り直して、あなたはお坊さんですか?と尋ねてきた。私が、前回仏跡の旅の途中で、お土産屋さんが一晩で仕立ててくれた、クルタを着ていたせいなのか。
どうして私がお坊さんだと思ったのかと聞くと、身なりだという。日本人ならこの格好を見てまず坊主だとは思うまい。
瞑想が好きで、あるマスターに就いて、瞑想を習っているのだという。そのマスターは故人らしい。小さなグループで学習しているとか。仕事を聞くと、ソニーでシステムエンジニアーあるいはプログラマーの仕事をしている。ニューヨークと東京が仕事場のようだ。私が言葉に詰まり、詫びると、この女性は、私は日本語ができませんという日本語しかできないと笑っていた。
私が昔、COBOLプログラムに触っていた頃を思い出した。プログラム言語を考えて、結果がでるまでの試行錯誤の中での頭の中に状態は、祈りの時に似ているのかも知れない。だからこそ、寝ることもわすれてハッカーたちは、夢中になれるのだろう。コーラを飲みながら、ハンバーガーで空腹を満たしながら。
もう一つの収穫は、席の前にある画面で、映画を見た。「パイの人生」とでも訳すのか。”Life of Pi”. お子様ジャンルに入っていた。虎と少年の愛の物語。涙が出た。動物と人の交流の物語は素直に感動できる。本は帰りに買った。デリーの飛行場にあった。DVDは帰ってきてからアマゾンで買った。日本語の字幕がないと、言葉のやりとりのシーンは理解できない。これが家人への一番のおみやげかも知れない。
前回の仏跡の旅は釈尊のおわしました大地に立つ感激があった。間違いなく、そこに今も釈尊はおわしました。今もなお、法をお説きなっておいでである。誤解を恐れずに言えば、遺跡なんぞはどうでもよい。どれだけ「法」を思い続けることができるかが、問題なのだ。今回は、仏教遺跡が少なくてかえってよかった。
カジュラホで収穫があった。インドの古い宗教があって初めて釈尊の現出が可能だったことがよく分かった。この辺のお互いの影響しあう様子はほとんどシームレスだ。ヴァカヴァッドギータや、ジャイニズムが阿弥陀信仰へ直結する。釈尊の立ち位置も、ユダヤ教とキリスト教の間でのキリストの出現と同じだ。
一神教は厳格な律で、特にイスラム教は原初的な宗教教義と相俟って、元々の姿をなんとか、今にその姿を努力しているように見える。南伝仏教は、スリランカへ釈尊の行脚があったことになっており、微笑ましいが、浄土教における釈迦出世の本懐としての阿弥陀信仰と同じだ。つづく
二度目のインドへの道。旅行業者からの案内に反応して、元気な内にもう一度インドへ行って見たいと思った。あの喧騒と混沌が懐かしい。どんな旅が待つのだろうか。
往きの飛行機は楽しかった、二つの意味で。ひとつは座った席の回りが空いていた。ふたつは途中から、前の席に座っていたインドの妙齢のご婦人が、私の席(一番窓側)一つ
間をおいた隣の席に座り直して、あなたはお坊さんですか?と尋ねてきた。私が、前回仏跡の旅の途中で、お土産屋さんが一晩で仕立ててくれた、クルタを着ていたせいなのか。
どうして私がお坊さんだと思ったのかと聞くと、身なりだという。日本人ならこの格好を見てまず坊主だとは思うまい。
瞑想が好きで、あるマスターに就いて、瞑想を習っているのだという。そのマスターは故人らしい。小さなグループで学習しているとか。仕事を聞くと、ソニーでシステムエンジニアーあるいはプログラマーの仕事をしている。ニューヨークと東京が仕事場のようだ。私が言葉に詰まり、詫びると、この女性は、私は日本語ができませんという日本語しかできないと笑っていた。
私が昔、COBOLプログラムに触っていた頃を思い出した。プログラム言語を考えて、結果がでるまでの試行錯誤の中での頭の中に状態は、祈りの時に似ているのかも知れない。だからこそ、寝ることもわすれてハッカーたちは、夢中になれるのだろう。コーラを飲みながら、ハンバーガーで空腹を満たしながら。
もう一つの収穫は、席の前にある画面で、映画を見た。「パイの人生」とでも訳すのか。”Life of Pi”. お子様ジャンルに入っていた。虎と少年の愛の物語。涙が出た。動物と人の交流の物語は素直に感動できる。本は帰りに買った。デリーの飛行場にあった。DVDは帰ってきてからアマゾンで買った。日本語の字幕がないと、言葉のやりとりのシーンは理解できない。これが家人への一番のおみやげかも知れない。
前回の仏跡の旅は釈尊のおわしました大地に立つ感激があった。間違いなく、そこに今も釈尊はおわしました。今もなお、法をお説きなっておいでである。誤解を恐れずに言えば、遺跡なんぞはどうでもよい。どれだけ「法」を思い続けることができるかが、問題なのだ。今回は、仏教遺跡が少なくてかえってよかった。
カジュラホで収穫があった。インドの古い宗教があって初めて釈尊の現出が可能だったことがよく分かった。この辺のお互いの影響しあう様子はほとんどシームレスだ。ヴァカヴァッドギータや、ジャイニズムが阿弥陀信仰へ直結する。釈尊の立ち位置も、ユダヤ教とキリスト教の間でのキリストの出現と同じだ。
一神教は厳格な律で、特にイスラム教は原初的な宗教教義と相俟って、元々の姿をなんとか、今にその姿を努力しているように見える。南伝仏教は、スリランカへ釈尊の行脚があったことになっており、微笑ましいが、浄土教における釈迦出世の本懐としての阿弥陀信仰と同じだ。つづく
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