お念佛からはじまる幸せ

2019年4月26日金曜日

高齢者の自動車運転

自動車という位なら、自動で動くのかと言えば、人間が運転しないと動かない。中国語で自動車をなんと云ったか忘れたが、動力で人間が動かす、乗り物。移動に使用する。自動車工業会は、本当に、自動で動く車を、最初に作ったほうが、勝ちとばかり、競争に勤しんでいるらしい。
車の事故があり、事故原因が、運転者の年齢だと思われる事故が、多くなった。高齢者が
増えているのだから、高齢者の運転者が増えるのは当たり前で、己の能力を信じて、いつまでたっても、運転できると勘違いして、大きな事故を起こす。運転免許証を返上したら
公共の乗り物はすべて無料にでもすれば、もっと返納者が増えるだろうが、もともと運転免許証を持っていなかった者と、不公平を生ずる。
かくいう自分も、後期高齢者の仲間入りをして、いつ免許証を返上するのか、悩ましい。
歩いて行けるところだけしか、用事が足りなくなってしまう。いつまで運転できるのかと
いう問題は、自分はいつまで生きているのだろうかという問と同じで、明日からだめといわれれば、諦めるしかないが、だれもあしたまでとは言ってくれない。
3歳の女の子と30歳少しのお母さんを殺してしまった、87歳のじいさんは、昨日まで
極楽にいて、事故後は地獄だろう。人間であれば、悔やんでもくやみ切れないというところだろうが、自動車が、貴方の運転は危ないから、もう自動車運転はやめましょうという
くらいの、機械が作れても不思議ではない。
スマホに今日の天気は?と聞くと、自分が住んでいる場所の、最低・最高気温と、ざっとした天気予報を教えてくれる時代だ。
87歳のじいさんは、アクセルが戻らなかったとか、言っているらしいが、車をつくるほうも、バカではない。飛行機の何とかボックスのように、運転操作の記録が残るような仕掛けがしてあるに違いない。
昔、子供のころ、なにかまずいことをしでかして、大人に叱られると、責任は自分ではない、一緒に遊んでいた、他の子供の責任だと、責任転嫁した。子供は全部そうだった。とりあえず逃げる。
それと、頭の中で考えているであろうことと、運動・行動が一致しなくなる。考えてはいるが、考えたことと異なる行動・運動を行っていることが多い。これも認知症なのだろうが、Aのことをしようと考えながら、実際はBをやってしまう。本来Aでなければならないのに、Bを行っている。日常茶飯事でそれがある。つまり、ブレーキを踏もうと頭では思いながら、アクセルを踏んでしまうのではなかろうか。頭の中のことはよく分からない。
とは言いながら、どうしたら認知症にならないか、多少の努力はすべきで、心構えを列記する。
1.炭水化物はできるだけ摂らない。
2.タバコはだめ。
3.酒は程々に。
4.グルテンは遠慮する。
5.適度な体操。
6.長時間睡眠。
7.思い立ったらすぐ実行。
8.何でも興味津津。
9.我慢しない。           とりあえずこんなところか。8/27


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